そら空一人語り

(長い文章書きたいけどTwitterには課金したくないので)始めました。

あなたが見ていたものは一体何ですか?2/2

※この記事は「あなたが見ていたものは一体何ですか?1/2」の続きです。

必ずそちらを読んだ上でご覧ください。

p34ty.hatenablog.com

 

 

〇揺れるホンダとのつながり

 もう一つの問題となったのが、ホンダの育成プログラムとの兼ね合い。 マクラーレン時代もでしたが、ホンダはホンダでドライバー育成プログラムを行っており、スーパーフォーミュラではレッドブルとタッグを組み、ドライバー育成を実施していました。 そのため、レッドブル育成の中には「レッドブル/ホンダ育成」と呼べる存在のドライバーも何人かいました。 その最たる例が、角田裕毅と岩佐歩夢の2人でした。

引用元:AutoHebdo

 角田がレッドブル育成へ合流したのは2018年。この時ホンダ育成の「HFDP(ホンダ・フォーミュラ・ドリーム・プロジェクト)」にも加わりました。 翌2019年にはF1の下部カテゴリーF3へ参戦を開始。チームはイエンツァー・モータースポーツ。角田にとって初めての海外参戦でしたが、開幕戦を10位フィニッシュでポイントを獲得。第6戦のスパのレース2で2位フィニッシュ。そして第7戦モンツァではレース1で3位、レース2では優勝を決め、ランキング9位という成績を修めました。ちなみにこの年イエンツァーでポイントを獲得したのは角田のみでした。

引用元:Formula 2

 この成績が評価され、2020年はF2へ昇格。チームはかつて佐藤琢磨などが在籍した名門のカーリン。そこでもシーズン3勝を決め、ランキング3位で終了。この年のルーキー・オブザイヤーに選ばれました。 そしてスーパーライセンスポイント「25点」を貯めきり、翌年からのF1昇格を決めました。

引用元:motorsport.com日本語版

 対する岩佐がレッドブル育成となったのは2021年。その前年にHFDPに所属しフランスF4でチャンピオンとなり、F3へ昇格。チームはハイテックGP。 第4戦ハンガリーのレース1で優勝しましたが、それ以外はポイント圏内にギリギリ届かないレースもあったことから、ランキングは12位に。また、この年は、同じレッドブル育成だったプレマのデニス・ハウガーが、圧倒的な強さでチャンピオンになったこともあり、岩佐の存在感はそこまで強いものではありませんでした。 2022年はF2に昇格。チームはGP2やF3000時代から数多くのF1ドライバーを輩出したDAMS(ダムス)。しかしこの頃のチームは成績が下降気味で、組織としても立て直しの最中でした。

引用元:motorsport.com日本語版

 ところがシーズンが始まると状況が一変。F3チャンピオンのハウガーがランキング10位と苦戦する中、岩佐は2度の優勝を修めてランキング5位に。 チームメイトのロイ・ニッサニーも8回の入賞を決め、なんと最終戦アブダビでは2人でフロントローを独占しました。 チーム自体も前年のランキング8位から6位に。ポイントも前年からおよそ100ポイント増しという成績で見事V字復活。 翌年も岩佐はF2へ残留。相方はシャルル・ルクレールの弟アーサー・ルクレールとなりましたが、完全に圧倒。シーズン3勝を決めドライバーズランキング4位で終了。チームランキングも4位となりました。
 

引用元:Wikipedia Commons

 そんな中2024年は、活動拠点を日本へ移し、無限からスーパーフォーミュラへ参戦。初年度は未勝利でランキング5位となりましたが、今年は2勝を挙げてみごとシリーズチャンピオンになりました。 一方でレッドブル育成プログラムとして、レーシングブルズのマシンをテスト。加えてシミュレータでのテストにも参加し、マシン開発にも携わりました。
 と、こういった形でF1までのキャリアたどってみましたが、この2人について見てみると、異なったタイプのキャリアを経ているのがわかるかと思います。 角田は短期間で一貫したパフォーマンスで己のキャリアを切り開いていったのに対し、岩佐は複数年同じチームに在籍し、チームと共に強くなっていくといった形で成績を残していきました。  では、こういったドライバーが当時のレッドブル育成にどれくらいいたのか。
 角田に関してはホンダからのバックアップもありチーム内での政治的立場も比較的優位な立ち位置。また同じ時期にF2へ参戦していたレッドブル育成の数が少なかったこともあり、スムーズにF1へ昇格を果たせました。 そして岩佐もレッドブル育成でありながら、ホンダからの支援も受けている立場、しかし2025年をもってホンダとの関係が終わってしまう。
 そしてこの間にから多くのレッドブル育成がF2へステップアップしていきましたが、最終的に生き残ったのはリアム・ローソンとイザック・アジャーの2人のみ。(一名は差別的発言が原因で「解雇」)残りのドライバーはパフォーマンス不足や、他のカテゴリーへ進路を見出し、皆育成プログラムから外されていきました。


 言葉を選ばすに言うなら、この2人のドライバーはレッドブルにとって「扱いの難しいドライバー」となったのでした。

 

 

レッドブルの希望

 そんな中レッドブル育成にF1へ手が届く、待望の若手が現れました。

引用元:motorsport.com日本語版

 それがイギリス出身のアービッド・リンドブラッド。 今年で18歳となる彼は、現在F2に参戦していますが、実は参戦前の時点でスーパーライセンスが発行可能な状態であり、シーズン内で2勝を修め、ランキング6位に位置しています。

 

 すでにもう一人のレッドブル育成だったペペ・マルティはフォーミュラeに活動を移しており、レッドブル内でF1に送り出せる唯一のドライバーとなっています。

 

 これでもし、スーパーライセンスポイントが足りていなければ話が変わっていきますが、そこに問題がないのなら、レッドブル側からしたら送り出さない理由はないと思います。 そして先述の通り、来年からはホンダの支援が終わります。ともなれば、あの2人を放出してしまうのも十分あり得た話です。
 しかし、角田には世界中のファンやF1コミュニティ内の存在感が、岩佐はマシン開発能力が備わっており、むやみに切り捨てるわけにはいかなかったのかなと、個人的には推測しています。

 

 ただ正直なところ、どちらかとホンダ側からの支援が強く印象されていた岩佐については、今年限りでレッドブルから放出されてもおかしくないと思っていたので、今回の人事についてはとても驚きました。
 むしろ、これから関係がなくなるメーカー出身のドライバーも引き取ってくれるなんて、レッドブルさん優しすぎませんか…?しかもあんな別れ方したのに…。 

 私だったらバイバイしてるかも()

 

 

〇今後の二人

 さてここからは来期以降の2人についてですが、ひとまずはリザーブ兼テストドライバーとなったわけですが、どちらも今の段階で先を予測するのはあまりにも時期早々と言わざるを得ません。

 

 まず来シーズンからF1は大幅なマシンレギュレーションの変更を予定しており、車体だけでなく、エンジンについても12年ぶりの改定となります。

 そのため現在の序列が大幅に変わる可能性はもちろん存在します。特にレッドブルについては来シーズンから完全に自家製のPUを用いることになり、車体設計も初めてエイドリアン・ニューウェイが完全に抜けた状態でスタートします。

 そしてドライバーについても昇格した2人が期待通りのパフォーマンスを発揮できなければシーズン途中に解雇される可能性もありますし、絶対的なエースのマックス・フェルスタッペンが離脱する可能性だって残されています。

 

 そして忘れてはいけないのがホンダ、そして提携先のアストンマーティンF1の存在。

 アストンマーティンについてはドライバーラインナップをフェルナンド・アロンソランス・ストロールの両名で続投することを決めていますが、アロンソについては今年の早い段階から、来シーズンいっぱいでの引退を示唆するなど、こちらのチームでのドライバー人事に動きがある可能性も残っています。

formula1-data.com

 またアストンマーティンも育成プログラムを開始しており、すでにジャク・クロフォードが「サードドライバー」として契約しており、アロンソかストロールのシートの枠に収まることだって考えられ、そうなった場合シート争いは必然です。

formula1-data.com

 以上のことからも、来シーズン以降の2人の動きは極めて先行き不透明であり、現段階で一喜一憂する必要はないように思います。

 というか昔から、資金援助などの面で若手ドライバーが起用されずに、経験のあるドライバーが起用される例は結構あるので、何を慌ててんだって感じです。

 現に2度のインディ500ウィナーの某佐藤琢磨さんとか、今年初めてポディウムフィニッシュを決めた某ニコ・ヒュルケンベルグさんとか…。探せばいっぱいいます。

 

 

〇あなたが見ていたものは一体何ですか?

 というわけでここまで、美味しんぼのラーメンハゲみたいにネットに転がっている情報をつらつらと書いて行きましたが、ここからが本題です。

 2年前にも私はこんな記事を書いていました。

p34ty.hatenablog.com

  

 そこでも触れましたが、最近のモータースポーツ界隈の中において所謂「推し活」の延長か同じようなノリでモータースポーツを見ている人が増えたように感じます。

 現にスーパーフォーミュラはこの流れをうまく活用し、なんなら皇室も巻き込んで(!?)新規ファンの獲得に見事に成功しました。

引用元:SuperFormula 公式HP (画像は2023年版)

 このビジネススタイルについては否定はしませんですが、色々とどうなんだろうかと気になるところがあります。

 私個人が最も懸念しているのは「推しのドライバーが活躍できない事実に業を勝手に煮やした人が暴走しないか」ということ。

 

 先のブログでも触れていますが、過去には暴走したファンがSNS上で誹謗中傷を繰り広げたり、海外では暴動にまで発展するなど地獄絵図になった事例が複数あります。

 今もたまに荒れたりしますが、ここまでの事案になってないのはたぶんない(はず)。

 

 ではここからは私からの本音を。

引用元:モビリティリゾートもてぎ公式HP

 モータースポーツって野球やサッカーなどど比べると、とにかく敷居の高いスポーツです。体育の授業で触れませんし、毎日のニュースで見られるものでもありません。今でこそ、日本語実況付きの無料放送も増えていきましたが、ほんの5年前は有料のCS放送やネット配信。無料だけど英語のみのものがあるなど、手軽に楽しめるものではありませんでした。そうやって考えると結構見るのも楽になったなーと思います。

 また観戦のハードルは低くなりましたが、基本的に車やバイクを使うスポーツなことに変わりはないので、ある程度そのそれらについて知識がないと、全くついていけないということには変わりありません。で、ある程度知識を備えても、他のカテゴリーを見るとその知識が使えなくて、また一からやり直しというのが日常です。

 かく言う私も4輪ならある程度自信がありますが、2輪になるとミジンコ以下です👼

 現にSuperGT GT300クラスとGTWCでは同じFIA-GT3という規則のマシンを使えますが、両者にはタイヤに関するレギュレーションをはじめ、決定的な違いが複数存在します。それらを理解していない状態で色々言うと、ハチの巣にされかねません。

 それはF1も同じです。75年という歴史のなかで様々な出来事があり、様々な出来事がありました。それら経て飽きた人はいつの間にか見なくなり、取りつかれてしまった人は永遠と追いかける。

 それらのバックボーンを理解して初めて理解できるものが出てくるはずです。

 

 「推しのドライバーができた!」

 

 それはあくまでも入口に立ったに過ぎません。

 そこから先この世界を追いかけるには、その装備だけでは戦えません。

 そして見ているカテゴリー「だけ」ではありません。

 

 良きモータースポーツ観戦ライフを。

あなたが見ていたものは一体何ですか?1/2

 お久しぶりです。空です。
 なんと最後に更新したのが、去年の7月の話です。ヒョエ

 まあ、このブログって元々、Twitterで書けない量の独り言をだらだら垂れ流すために用意したので、しょっちゅう動くことのほうがマズいんですけどね(白目)

 

 さて日本時間の深夜0時。F1チームのレッドブルレーシング(以下レッドブル)の2026年の体制発表がありました。

 そしてチームの公式Xに感謝を伝えるポストも投稿されました。

 反応としては、大多数というが9割ぐらいが「残念だ」「とても寂しいがこれからも応援するぜ!」みたいなもの。角田選手は海外でもかなり人気があるとは伺っていましたが、ここまでとは…。なんだかうれしいですね。

 

で、終わればこんなこと書いてないんだよ。

 

 こっから本題です。

 

〇ブチ切れ信者暴走

 先にあげた2つのポストのリプ欄と引用欄は案の定大荒れ。上記の反応を示す人もいれば、昇格した二人への激励もありました。

 そんな中、こんな投稿が。

??????
あ、「煽り」っすか…??


 まあ確かに今年のレッドブルは、大なり小なり色々とお粗末なことしてましたし、イラつくのもわかんなくもないけど、これが「煽り」ですか…?

 え、怖いな。


 ちなみにリプ欄はこんな感じ。

 全部が全部否定できないですが、まあ言いたい放題。

 ここはビールでも飲んでリラックスして欲しいところですね。

 ただ、ここで一つ思い出してほしいことが。

「なんで今レッドブルって『RBPT』ってエンジン使ってるんだっけ?」

 

 

〇そもそもの引き金はホンダ側にあり

 時はさかのぼって2020年。ホンダは突如として2021年シーズンを持ってのF1撤退を表明。

global.honda

 公式のプレスリリースでは


「自動車業界が100年に一度の大転換期に直面する中、Hondaは、最重要課題である環境への取り組みとして、持続可能な社会を実現するために「2050年カーボンニュートラルの実現」を目指します。そのために、カーボンフリー技術の中心となる燃料電池車(FCV)・バッテリーEV(BEV)など、将来のパワーユニットやエネルギー領域での研究開発に経営資源を重点的に投入していく必要があり、その一環として、今年4月に「先進パワーユニット・エネルギー研究所」も設立しました。F1で培ったエネルギーマネジメント技術や燃料技術、そして 研究開発の人材も同様に パワーユニット・エネルギー領域に投入し、将来のカーボンニュートラル実現に集中し取り組んでいくために、今回、F1への参戦を終了するという判断をしました。」

 

と説明。早い話が「EVとかの開発やるからF1やめるで!!!」というもの。 

 案の定ネットは大荒れ。5年も前なのでもう覚えていませんが、今回のそれよりはマシだった記憶があります。

 当時の世相的に新型コロナによる経済的混乱もあってホンダ自身も、黒字はキープしたものの減益。だったら素直に「コロナの影響で~」と説明すればまだ良かったのではと、今でも思っています👼

 

 そしてこの発表の影響をもろに食らったのが、PU供給先であるレッドブル

引用元:formula1-data.com

 2018年に姉妹チームであるトロロッソ(現レーシングブルズ)に始まり、翌19年から大元のレッドブルともPUを供給することで合意。この年のオーストリアGP、ドイツGP、ブラジルGPでは見事に優勝を修めました。
 そしてこの2020年にはレッドブルが2勝。トロロッソから衣替えしたアルファタウリが1勝という好成績を収めたのでした。


 ただ、これにはそれまでPU供給の契約をしていたルノーとの関係が悪化して新しいPU供給元が必要になったレッドブル側と、PU供給先であるマクラーレンとの契約が解除され新しい供給先を探していたホンダ側の思惑が、見事に合致しできた組み合わせでした。

 そんな最中に突如PU供給が打ち切られるとの話が発生。しかもこの状況で新しく供給してくれるメーカーはほぼいない状況に追い込まれました。

 結果としてPU供給については紆余曲折を経て、2022年シーズンをもって現行規定のPU自体が開発凍結となり、供給についてはレッドブル本体が設立した「レッドブル・パワートレインズ」が製造。その技術支援としてホンダがHRC名義で参加する形になりました。 

 そしてレッドブルは将来的に自社で完全オリジナルのPUを製作する計画で、イギリスにあったホンダF1の拠点を使用。さらに主にバッテリー関係の開発においてフォードとの提携を発表したのでした。

www.as-web.jp

 

 が、その2ヶ月後。

car.watch.impress.co.jp

なんとホンダが突如としてF1復帰を表明したのでした。

 

 しかも復帰のタイミングとしてはPUの規定が更新される2026年。

 じゃあこの4年はなんなんだよ。

 これに先立ちホンダはレッドブルへリースしていた研究機関を取り戻し、「HRC UK」として再出発しました。

 という感じでレッドブル側からしてみたら、一方的に別れを告げられた結婚相手が再び現れたと思ったら、近い将来に別の人と再婚することを伝えてきたような形。

 普通の人ならブチ切れるだろうなこれ…。

 とはいえ、レッドブル側もせっかく準備してきた設備や、契約をそのままひっくり返すなら、そのまま別れるのがむしろ自然な流れなのかもしれません。

 一方でホンダとの関係は2025年まで続くことが確定したので、ホンダからの支援は続行。しかしこれがレッドブル側に新たな問題を呼ぶことに…。

 

〇生じ始める「ひずみ」

 この出来の悪い映画のような超展開の中、レッドブルは別の問題に直面していました。

 それが「将来使える育成ドライバーがいない」。

引用元:auto sport web

 2023年レッドブルは育成ドライバー6名を直下カテゴリーであるF2に送り込みました。

 この年のランキング最上位は4位の岩佐歩夢(No.11のマシン)。が、彼はF2では2シーズン目。ルーキー組としてはランキング10位のゼイン・マローニ(No.4のマシン)という結果。

 そして次の年には…

 

引用元:auto sport web

たった2人に。

あれだけいたレッドブルカラーの車は一体どこに?? 

 

 この年からレッドブルはF2についてはカンポスレーシングへお任せすることになり、ドライバーは2年目のイザック・アジャー(写真右)とルーキーのペペ・マルティ(写真左)になりました。(このあとオリバー・ゲーテがMPモータースポーツから参戦して3台に。)
 ちなみにこの年はアジャーがランキング2位でシーズンを終え、見事F1昇格を果たしました。

 で、残りの4名はというと…
 

No.1:デニスハウガー(3年目)→レッドブル育成を離脱。MPモータースポーツからF2参戦。

No.3:ゼイン・マローニ(ルーキー)→レッドブル育成からザウバー育成へ。ロディン・モータースポーツ(元カーリン)からF2参戦。

No.4:エンツォ・フィッティパルディ(2年目)→レッドブル育成ではなくなるも、支援アスリートとしてVAR(Van Amersfoort Racing)からF2参戦。
No.9:ジャク・クロフォード(ルーキー)→レッドブル育成を離脱。DAMSからF2参戦。24シーズン途中にアストンマーティン育成に。

No.11岩佐歩夢(2年目)→F2からスーパーフォーミュラへ転向。

岩佐以外全員育成を外れました。

 

 ここで注目してほしいのが参戦期間。4人のうち2人がF2に複数年参戦しており、ここでは省略していますが、フィッティパルディとクロフォードに関しては、その下のF3へ2年参戦してF2へ昇格しました。

 正直なところ、下級カテゴリは1年で卒業していくのが最も良いパターンと言え、今シーズンのF1ルーキーであるザウバーのガブリエル・ボルトレートはまさにその例です。

 しかし、同時にドライバー市場の寡占化も進み、F2でチャンピオンになれたからと言って、ストレートにF1デビューが果たせるわけでないのもまた事実。むしろ最近はそのパターンが大半です。現にアジャーはその一人です。

 

 ここまでバッサリと離脱者が出ていたレッドブル育成プログラムですが、そもそもの人数が多かったのも問題だったとも言えます。

 2023年当時の他チームの育成プログラムの在籍人数について調べたところ(ソースがWikipediaなので正確性は欠きます)

 

 フェラーリ→9名
 マクラーレン→4名

 メルセデス→7名
 アルピーヌ(ルノー)→15名
 ウィリアムズ→6名
 レッドブル→16名

といった形でレッドブル育成は比較的人数が多いのが特徴で、また在籍期間も同じ大所帯のアルピーヌが、長くても3年で打ち切るのに対し、レッドブルは4~5年確保したり、逆にたった1年で放出とかなりムラがあります。

 そのため、元レッドブル育成のドライバーが別の育成プログラムを経て、ステップアップをすることもしばしば。現に今F1のレギュラードライバーのうち、レッドブル育成のドライバーだったのはレッドブル系の2チームの4名に加えて、ウィリアムズのカルロス・サインツとアレクサンダー・アルボン、アルピーヌのピエール・ガスリーと、約1/3が元レッドブル育成。さらに今シーズン途中で離脱したアルピーヌのジャック・ドゥーハンも元レッドブル育成でした。

 しかしこれには明確な理由が存在しており、他のドライバー育成がある程度の実績や後ろ盾のあるドライバーを起用するのに対し、レッドブルはそれらがないドライバーでも積極的に起用し、お眼鏡にかなったドライバーはスルスルとエスカレーター方式で昇格させていました。

 そのため所属ドライバーの数はどうしても多くなり、その分離脱者が多くなるのも当然と言えます。

 昔はそれで問題ありませんでしたが、ここでスーパーライセンスポイント制度がスタート。従来の青田買いでは、スーパーライセンスが供給される18歳に到達するまでに時間がかかり、その間にドライバーとしての旬をすぎてしまう…。しかし、下の世代は溜まっており、そのドライバーへ投資する必要があるため、不要と判断したドライバーは切り捨てないといけない。

 その結果、中級カテゴリで走れる育成ドライバーが不足。気づけば、肝心のF1へ送るドライバーがいなくなってしまいました。

 現にこの年のアルファタウリチームのドライバーラインナップは非常にバタついたものとなっており、角田裕毅はフルシーズンで乗れましたが、相方はニック・デ・フリース、ダニエル・リカルド、リアム・ローソンとコロコロ変わっていました。特にデ・フリースとリカルドについてはこの問題の犠牲者と言える存在で、デ・フリースはフォーミュラeから呼び出されて、10戦で解雇。リカルドはその穴埋め要因として徴収。翌2024年にチームを離脱し、レーシングドライバーを引退しました。

 2025年に入ってようやく落ち着いたのか、レッドブル本体にローソン。姉妹チームのレーシングブルズにアジャーが昇格。そして日本GPのタイミングで角田とローソンが交代しましたが、以前のようなバタつき感はない人事となりました。

(長くなったのでここで止めます。)

↓後編

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「2010年F1キットカー三銃士」製作後記~金とモータースポーツ~

 こんばんは。空です。
 4月末に作ると言っておきながら、結局7月に完結した「2010年F1キットカー三銃士」シリーズ。

 多くの反応をいただけてこちらとしても、とても嬉しいです。いいねやRPしてくださった皆さまありがとうございました!

 

 さて、このシリーズの最終回として取り上げた「ヴァージンレーシング」。2010年から2016年にかけて参戦した同チームはその間に「マルシャ」「マノ―・マルシャ」「マノ―」と名称を変更しながら参戦を続けました。

引用元:F1

 結果的に2017年初めにチームが破産したことで、その冒険に幕が下りることとなったのですが、その引き金となったのが2016年のブラジルGP。

 このレースでコンストラクターランキングの10位争いをしていたザウバーチームが9位に入賞したことで、マノ―はランキング11位に転落。これにより、シーズン終了後に支給される分配金のほとんどを失うこととなりました。

 

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引用元:Sauber

 一方で「生き残った」ザウバーも決して盤石だったとは言えない状態でした。

 実は当時のザウバーは、2015シーズン前に起きたドライバーの多重契約問題の対応に追われており、この年に投入したマシン「C35」は資金難により型落ちのフェラーリPUを使わざるを得ませんでした。

 さらに翌年からは大幅なレギュレーション改定が行われるため、前の年のマシンをそのまま焼き直しして使うという選択肢はも取りにくく、シーズン終了後の分配金はのどから手が出るほど欲しい物でした。

 結果的にコンストラクターランキング10位となり分配金等を含めた3000万ポンドを手にしたザウバーは、新たなチームオーナーの元、無事に2017シーズンを迎えることができました。

 

 そんな中、日本のF1ファンにとっても注目のニュースが流れたのは、2017シーズンが開幕してすぐのことでした。

www.as-web.jp

 2018シーズンに向けて、ホンダがザウバーへのPU供給に関して大筋合意したというニュース。事実、4月にはプレスリリースも行われ、あとは本契約を交わすのみ・・・。といったタイミングでザウバーの体制が変更。

 あとは皆さまご存知の通り、ザウバーアルファロメオと提携し、フェラーリとのPU供給契約は続行。一方のホンダはトロロッソと契約し、後にレッドブルとも契約することになりました。

 この辺の細かい話はこの本に載っているので、こちらでは省きます。

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  マノ―チームの撤退劇。

  遅かれ早かれ、これはどのみち起きていたことです。元から盤石な資金を確保しにくい環境だったのもありますが、規模が物を言う現代のモータースポーツの環境では、このような小さなチームが生き残るのはかなり難しいでしょう。

 ましてやインディカーやスーパーフォーミュラのようなワンメイクでもなく、GT選手権のような比較的大きな資金を用意しなくても体裁を整えられるレースでもない、F1の世界では、より一層その傾向が増していきます。

 

 しかし、私たちが知ること出来るのは、それこそ氷山の一角。こういったお金の話はさながら「聖域」のように一部の人間にしか知ることが許されない世界。

 なんかこれに関して、最近色々な意見が出てくる出来事が日本のレース界で起きたわけですが、大半はネガティブな意見だった印象があります。

 

 ですが、私はこのことに関しては、特になんとも思っていません。

 そもそもモータースポーツというか「自動車」という文化の成り立ちとして、「上級貴族の所有する物」であり、モータースポーツ自体も当時から『貴族の遊び』でした。

 そこに新しい技術を開発するエンジニアや、それらに価値を見出す商売人が現れたこと、そして何よりも自動車の大量生産が可能になったことで、興行もしくはビジネスとして大衆化して、同時に、競技として成長していったのです。

 

 よくモータースポーツを技術面で語る事や、エンタメとして楽しむ方法に関してはSNSを中心によく見るのですが、「商業的な観点」でモータースポーツを見ることに注目した人はあまりいないように感じます。

 

 見方一つ変えるだけで、見える世界は大きく変わっていきます。

 レーシングカーに書かれているよく知らないロゴマークの会社を調べることからでも大丈夫。きっと見方が大きく変わってくるはずです。

僕にとっての「アイルトン・セナ」という存在。

 

 こんばんは。空です。 
 今日5月1日は、1988年、1990年、1991年にF1ドライバーズチャンピオンに輝いた、アイルトン・セナの命日です。

引用元:THREEC MAGAZINE

 彼が亡くなったのは1994年。僕は2001年生まれの22歳。なので、彼自身の走ってる様子はもちろんテレビで喋っている様子も見たことありません。

 彼自身のキャリアについては、様々な媒体を通して見聞きしました。

 なので、今回は「僕にとっての『アイルトン・セナ』という存在」と題して、僕が思う彼について色々綴っていきます。

[:contents]・彼を知ったきっかけ

 まず、彼を知ったきっかけなのですが、フジテレビF1中継とか、何かのスポーツ雑誌の記事でもなく、実はこれ。

引用元:朝日新聞出版

 10年ほど前に発売されていた「週刊 マンガ世界の偉人」。
 実はこのシリーズに、エジソンアインシュタイン、ナポレオンなど、歴史の教科書では、必ずと言っていいほどよく見るメンバーに交じって、アイルトン・セナの名前が入っていたのです。

 

 その当時は、F1なんて興味も欠片もなかったので、本屋で立ち読みした程度でしたから、正直、「すごいレーシングドライバーだったんだなぁ」ぐらいにしか思っていなかったわけです。それから二年余りの月日が流れ、本格的に彼を知る機会がやってきました。

引用元:テックスタッフ

 2014年にPS3向けのレースゲーム、グランツーリスモ6の無料アップデートにて追加された「アイルトンセナ・トリビュート」というイベント。

 このイベントは、彼が操った実際のレースカーで彼が叩き出したポールタイムに挑戦。さらにスライドショーにて彼のレースキャリアを辿る。という内容でした。

引用元:インサイド

 そこで私は本格的に「F1」というモータースポーツを意識し、同時に「アイルトン・セナ」というドライバーについて調べるようになったのです。

 そこからはYouTube上で無断転載されていたフジテレビのF1総集編をリピートする日々。ある意味今の私を形成する1パーツとなりました。

[:contents]・F1視聴開始、Twitter開始、それからは…

 時はさらに5年ほど月日が経った2019年。この年から本格的にF1視聴を始めました。またその2年ほど前からTwitterを始めて、見たわけですが・・・まあ話題に挙げにくい事この上ない。というのも、今でもいらっしゃるのですが、当時リアルタイムで見ていた古参F1ファンがキツかったわけです。俗に言う「懐古厨」というものですね。(白目)

 その当時にもツイートしたのですが、その時に感じたセナの印象としては「新興宗教が崇める神のような存在」に見えて、とても触れられなくなったわけです。

 ぶっちゃけ、自分がセナファンというわけではなかった(91年鈴鹿のアタックでベルガーに脳を焼かれた)のも少なからず影響しているのでしょうが、そこからは余り話題にしなくなりました。(あくまでも当社比です)

 

 しかし、別の角度からセナを見つめ直すきっかけになったのがこれ。

 

引用元:ウマ娘 プリティーダービー 公式ポータルサイト

_人人人人人人人人人人人人人人人人_
> 俺の愛馬が!!!!!!!! <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄ 

 おっと失礼。 

 

 ウマ娘プリティーダービー

 厳密に言えば、その中のアニメ1期の第7話。
 そこで描かれているのは、1998年秋の天皇賞。史実ではサイレンススズカという競走馬がレース中のケガで命を落としてしまうという結末ですが、どうもその辿ってきた経過が、あのレースに重なってしまうわけです。

 単独の先頭で、高速の左コーナーへ侵入。そしてそこで事故に巻き込まれ———。

 ちょうど日付も、古巣であるマクラーレンが7年ぶりのコンストラクターチャンピオンとなった、F1日本GPと同じタイミングなだけあって、とてつもない因果を感じるようになりました。

 そしてこの二次創作のイラスト。

www.pixiv.net

 もうこれ、もろそれやん。

 てなわけで、この場でぶっちゃけてしまうと、自分も「アイルトン・セナ×サイレンススズカ」をテーマに二次創作の小説を何本か書いてたりしてます。

 なんなら、コミケの合同誌にも寄稿してたりしてます。

引用元:メロンブックス商品ページ

https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=2272337

 良ければ買ってネ。(唐突な宣伝)

[:contents]・「アイルトン・セナ生存ルート」の1994年

 ここからは少し毛色を変えて、もしセナがこのイラストのように事故から生還した世界線について考えてみたいと思います。

引用元:tumblr

 個人的に考えられるのはこの3つ。

 

・ドライバーズチャンピオンもコンストラクターズチャンピオンもベネトンが獲得。

デーモン・ヒルは無冠のままキャリアを終える。

・この年限りでセナはレーシングドライバーを完全に引退。以降は隠居生活。

 

 まず1つ目。

 僕から見てFW16というマシンは、セナですら辛うじてコントロール下に置けていた印象が強いです。
 そもそもの成り立ちとして、電子制御デバイス盛りだくさんのマシンとして開発されたFW14やFW15といったマシンの流れを汲むマシンから、そういったデバイスを取り除けば、鎖を外された猛犬のよう。
 チームメイトであったヒルも、正直チーム内ではそこまで強い立場でなかったのもあいまり、開発がうまい方向に進んだとは正直予想できないです。

引用元:みんカラ

 こんな言い方。かなりよろしくないのは百も承知ですが、94年のウィリアムズがコンストラクターチャンピオンになれた要因に、セナの死が関わっていたのは間違いないでしょうし、もし仮にセナが生き延びた場合、この年のウィリアムズはかなりの苦戦を強いられたでしょう。

 

 2つ目もこのことに関わる内容ですが、もし仮にセナが生き延び、翌年以降もウィリアムズのドライバーとして参戦し続ける限り、ヒルはドライバーズチャンピオンになりえないでしょう。
 史実では96年にウィリアムズを追い出され、アロウズへ加入することとなるのですが、そこでヒルの持つマシン開発能力に再びスポットが当たることとなるのです。仮にセナのチームメイトとして居続けた場合は、セカンドドライバーの枠から完全に抜け出せないままだったかもしれません。

 

 そして3つ目。

 これは僕の中では規定事実のようなものですが、間違いなくこの年をもってセナはレーシングドライバーを引退したでしょう。

 「セナからプロストへの最期のメッセージ」としてあまりにも有名なこのやりとり。

 

 そしてプロストは後のインタビューでこのように語っています。

 

「アイルトンの主なモチベーション、そしてほぼ唯一とも言えるモチベーションは、私に集中すること、そして私を倒すことにあったということを理解するようになった」

「だからこそ、1993年にオーストラリアで一緒に表彰台に上がった時、私が現役最後のレースを終えた時、そのほんの数秒後にはすでに別人のようになっていたんだ」

(下記記事より引用)

jp.motorsport.com

 

 「アラン・プロストをこの手で倒す。」という目標を失ったセナ。

 そして後輩にはミハエル・シューマッハミカ・ハッキネンといった力のあるドライバーが名を連ね、セナを倒さんと意気込む。

 『挑戦を挑む立場』から『挑戦される立場』へ。

 移り浮くF1世界から取り残されるくらいなら、自らピリオドを打とう。とも考えそうです。


 とまあ、ここまで妄想を垂れ流してきたわけですが、結局のところ、全く想像がつかない。というのが本音です。

 だって、セナが亡くなって以降のモータースポーツ界には、アイルトン・セナが直接関わった話が全く存在しないのだから…。

[:contents]・終わりに。

 アイルトン・セナというドライバーは一体何なのでしょうか。

 世界で最も偉大なレーシングドライバーの一人。日本におけるF1ブームの中心。等々。  

 実際の評価はさておき。

 彼を知って10年以上。自分の中で考えた結果は「象徴」でした。

 どうにもこうにも、「レーシングドライバー」という括りに置くのもしっくりこないし、かと言って、それ以外の枠になんて全く収まらない。それに「好きなドライバーは?」と聞かれて100人中100人が答える存在でもない。けれども、この頃のスポーツシーンを彩った存在であることも事実。

 ともなれば「象徴」という言葉が、彼には最も合っているのでしょう。

 没後30年を迎えた今日。

 これからもモータースポーツは続いていくことでしょう。そして、その中にはセナに憧れてこの世界に足を踏み入れた人も居るでしょう。

 人々の中で、アイルトン・セナは生き続けるのです。

 

引用元:Wikipedia commons

アイルトン・セナ・ダ・シルバ(Ayrton Senna da Silva)

1960年3月21日 ブラジル サンパウロ州サンパウロにて誕生

1994年5月1日 イタリア エミリア=ロマーニャボローニャにて死去

優勝回数:41

ポールポジション回数:65

決勝出走回数:161

1988年、1990年、1991年 F1世界選手権ドライバーズチャンピオン

良い?悪い?どっち????~野田樹潤に対するあれこれ~

 こんばんは。最近は車のイベントよりも声優さんのイベントに参戦する機会が1:9くらいになった自称「モータースポーツインフルエンサー(笑)」の空です。

 さて、早速ですが。3/9に開幕した全日本スーパーフォーミュラ選手権

引用元:autosport web

 今年は例年以上にドライバーのシャッフルがあったことで、開幕前からかなり注目を浴びていたわけですが、その中でも本当に「色んな意味で」注目を浴びたのが、TGMグランプリのこの発表。

 Jujuこと野田樹潤選手をドライバーとして起用するというこの発表。

 日本人女性ドライバーが同カテゴリーに参戦するのは、前身であるフォーミュラ・ニッポンや全日本F3000選手権、そして全日本F2選手権時代を数えても、史上初の出来事であり、様々なメディアで取り上げられました。

 まぁその時の報道の仕方で色々と問題になったりしたんですけどね。

 

 そんな彼女、モータースポーツをよく見る人ほど「あれ?」となるようなポイントが多く、昨日の決勝レースが終わった直後にも色々と議論がされていました。

 なので、今回は彼女の来歴とこの週末を経て自分が思ったことをつらつらと書いていこうかと思います。

・そもそもどんなドライバーなの?

引用元:毎日新聞

 まずは簡単なプロフィールを

〇名前:Juju(本名:野田樹潤)

〇誕生日:2006年2月2日(18歳)

〇出身地:東京都

〇主な参戦カテゴリー:
 ・F4 Danish Championship(2020~2021年)

 ・W-Series(2022年)

    ・ZINOX F2000 Formula Trophy(2022~2023年) 

    ・Euroformula Open Championship(2023年)

    ・BOSS GP(〃)

 パッと見の印象では、海外のレースが中心だなあといった感じ。というのも、元から上位カテゴリーの参戦を狙っていたそうですが、年齢制限に引っかかって出られるレースが少なかったというのが実情。なんせ、中学生の頃からにレースの世界にいるわけですからね。ウマ娘かな?

 さて、このカテゴリーを見て何がおかしいのかピンと来てない方へ。

 実はこれらカテゴリー、W-Series以外はワンメイクカテゴリーではないのです。

 実例として「BOSS GP」というシリーズなのですが、レース自体はこんな様子。

引用元:BOSS GP公式HP

 一言で言ってしまうと新旧いろんなカテゴリーのフォーミュラカーでやるレース

 なんか姿とか形が似たマシンだらけですが、これらの車両が現役時代に同じレースで走ったことはないです。

 また、去年まで参戦していたZINOX F2000も似たような感じのレースなので、ぶっちゃけてしまうと金持ちの車好きが趣味の発展でやるレースというわけです。         

 ちなみに去年彼女はそんなF2000でチャンピオンに輝いたわけですが、その時に書かれたニュースがこちら。

news.yahoo.co.jp

「なんだ俺は悪い夢でも見ているのか?」

「てかなんだこのシリーズ。聞いたことねえよ。」

 ニュースをスマホで見た時、大マジに思ったことです。

 先ほど述べたように、F2000Tはどちらかというと、趣味の一環で参戦している人がほとんど。そんなレースに彼女の所属しているNODA Racingはガッチガチの体制で参戦しチャンピオンになったわけです。例えて言うなら、ゲームのオンライン対戦の初心者向けのルームに一人だけ、超強化された装備で参加するようなものです。

 これでチャンピオンになれなかったら、むしろ恥ずかしくて帰ってこれねぇよ。

 

 「じゃあ、そのワンメイクレースとやらのW-Seriesではどうなのさ?」と言われればこんな感じ

en.wikipedia.org

 結果だけ言ってしまうとランキングは入賞は1回でランキング14位。

 ただこのシリーズ、優勝者はほとんど同じドライバー(ジェレミー・チャドウィック)というかなりいびつな展開になっていて、Juju自身もパフォーマンスの劣るチームに所属していながら、ポイント争いに絡む展開を見せるなどの活躍を見せ、この年、同シリーズのドライバー・オブ・ザ・イヤーに選ばれました。(ちなみにW-Seriesはこの年の途中で運営元の経営不振により打ち切り)

 

 では、一体どうしてこうなったのか?

 「レースに無知無知なマスコミが書いたんだし多少はね?」と言われればそうなんですが、そもそもオタクですら知らないマイナーなレース。でも、ただのマイナーじゃない。ド級のマイナーなレース。「ドマイナーなレース」を急にお茶の間やネットニュースで流すという蛮行。

 実はそこには彼女の父である、野田英樹の存在が大きく関わっていました。

・Jujuの父親ってどんな人?

引用元:Wikipedia commons

 Jujuの父親である野田英樹は1982年から2012年までレーシングドライバーとして活躍。その間の1994年にはF1へスポット参戦。

 その際に多方面の企業に営業を仕掛け、多数のスポンサー・フィー(参戦資金)を集めることに成功。95年にはフル参戦の予定でしたが、阪神淡路大震災の影響で延期に。その間に参戦予定だったチームは消滅。せっかく集めた資金は借金のカタに持っていかれるという憂き目に遭いました。

 98年からは活動拠点を日本へ戻し、自身のチームでフォーミュラ・ニッポンへ参戦。

 ちなみにスポンサーの社長が、ロックバンド「THE ALFEE」の事務所の社長と仲が良かったということもあって、現役時にはTHE ALFEEのロゴが書かれてたこともあったそうな。

 現在はNPO法人やその他のモータースポーツ団体の顧問を務めたりと、人脈面で強い人物で、Jujuのスポンサーには子供服ブランドとして有名なミキハウスが付いていることから、国内では比較的政治的に強いモータースポーツ関係者と言えるでしょう。

 

 で、この際ハッキリ言ってしまうと、Juju関連の悪評はだいたいこの人のせいです。

 

 中途半端に発言力がデカいおかげか、今回スーパーフォーミュラに参戦する際、マシンの最低重量に対し苦言を呈する様子が、ネット記事にもなっていたのですが、「彼女と同じくらいの体格の男性のドライバーもいる中で、自分の娘だけ甘い条件になるよう仕向けるのはどうなんだ?」とレース界隈では大炎上。あまりの燃え具合に現役のドライバーたちがそれとなく言及する事態にまで発展。

 もちろん男女で筋肉量をはじめとした体の造りが違うのは当然だけれども、2020年に女性ドライバー、タチアナ・カルデロンが参戦した際にはこんな話一切沸いてこなかったというのに、どうしてこのタイミングで騒ぐんだ?

 というのが私の印象。

引用元:octane

 それどころか、今現在も男性ドライバーに混ざって活躍している女性ドライバーの存在を知っている私からしたら、「お前マジなんなん?」と何回危うくお気持ち表明しかけたことがあったか…。

 蛇足ですが今回の開幕戦の練習走行中、解説陣からこんなコメントが

 これって、つまり"そういう事"ってことでよろしいでしょうか?(ニッコリ)

・実際に走ってるのを見てみた。(予選)

 

 ようやく本題です。

 なんだかんだ言われても、彼女の職業はレーシングドライバーなわけですから、走ってナンボです!

 ということで予選結果どーん!!

 おっとこれは…。

 タイムだけで見たら、ぶっちぎりの最下位。スーパーフォーミュラの場合、13位からの順位は予選グループごとに決められるので、最後尾スタートではないです。

  この結果に対し本人はこうコメント。

www.as-web.jp

 上記記事より引用

 「今まで(他のカテゴリーで)は20分間とか30分間とかの予選セッションだったので、自分にとって10分間という短い時間での予選の組み立てというのが初めてで、チームと当初予定していたのは2回連続でプッシュするというプランだったのですけど、2回目のプッシュの前にチェッカーが出てしまって、それが自分にとって想定外でした

 このコメントに対する意見は賛否両論と言った感じ。

 「初めての予選だったししょうがない」「決められた時間内にタイムを仕上げられない時点でプロとしてどうなの?」

 などなど。

 で、ここからは私の感想ですが。

 

「遅いと言われればそうなんだけど、思ったよりは速かった。」

 

 というのが正直な感想です。

 ちなみにオンボードテレメトリーで見るとこんな感じ。

 (これらの映像は、スーパーフォーミュラ公式アプリ「SFgo」内の映像をキャプチャーしたものになります。)

 こう並べてしまうと一目瞭然。コーナーリングスピードが10~20km/程遅いです。
 これを見るとまだ限界領域で走るマシンを手の内に入れられていないことが、はっきりわかります。

 とは言え、テストで数回乗っただけの、600馬力近いマシンをここまで乗れるようになった辺りに彼女の成長が見られる。そんな印象のアタックラップでした。
 上記のツイートにもあったように、これからの成長に期待が持てます。

・実際に走ってるのを見てみた。(決勝)

 

 いよいよ迎えた決勝レース。

 19番手スタートなので、うまいこと行けばジャンプアップも狙えるのでは・・・?

 なんて思った矢先・・・

 オンボードで見るとこんな感じ。(こちらも「SFgo」のキャプチャーです)

 

 あっっっっっっぶねぇ。

 

 よくブレーキ戻せたな。

 

 ゲームとかでいいんですが、アクセル全開から急ブレーキをかけて、タイヤをロックさせて見てください。超怖いです。

 こうなったらブレーキを緩めるしかないです。で、そういうことは頭の中で理論としてわかっているんです。でもできない。体が言うことを聞かないんです。こればっかりは本能的にそうなってしまうのでしょうがないんです。

 でもあそこでブレーキを緩められたのは、はっきり言って素晴らしい!しかも開幕戦の1コーナーです。きっと本人も緊張でバクバクだったでしょう。

 ぶっちゃけスポンジバリアに刺さると思ったので、正味テンションブチ上げでしたね。

 で、レース結果はこんな感じ。

 完走扱いを含めたとしても17位。

 ベストラップはファステストから1.7秒落ち。

 個人的にはまずまずではないかと思います。危なかった場面もスタートの時くらいで、それ以外は淡々と走行。なんならゴール後に手を振る様子も見れたので、意外と余裕があったり?

 ちなみに、完走したドライバーの中での最下位は、KCMGの小林可夢偉だったわけですが、彼はラスト3周でマシントラブルによりリタイヤ。いわゆる「完走扱い」というわけです。

 なんか知らないけど、その事実を抜き取って「天才女性ドライバーJuju、元F1ドライバーより上の順位でゴール!」という見出しで記事を書いたマスコミが早速現れました。

 うーん😇😇😇😇😇😇😇😇😇😇😇😇😇😇😇

・で、結局どうなのよ?

 

 ということで結論ですが、

 

わっかんねぇ。

 

 って感じです。

 身も蓋もなくてごめんなさい。

 

 でも実際そうなんです。本当に。なにせ、これまでの経歴がものさしとしてロクに機能していないため、ある種、このシリーズ参戦をきっかけに本来のパフォーマンスが現れていくわけです。

 

 あえて現状としての最大の課題を挙げるなら、「一発の速さ」でしょう。

 テストの段階から、決勝レースを想定したロングランに関しては、ペースこそ劣っていたものの、タイム自体はそれなりに安定したものを並べられていたので、あとは予選でのパフォーマンスの向上が要求されていくはずです。そのためにも、早くマシンを自分のコントロール下に置かなければ、他のルーキー達に大きく溝を開けられてしまうでしょう。

 

 多方面から注目を集める「Juju」こと野田樹潤選手。果たしてその輝きは本物なのか。それともメッキされただけの作り物なのか。その答えが出るのにはまだまだ長い時間がかかりそうです。

 スーパーフォーミュラの次回は5/18~5/19。大分県オートポリスで開催されます。

 彼女にとっては初めてのサーキットになりますが、およそ2ヶ月のインターバルがあるので、この間にどこまで仕上げてくるかに期待しましょう。

 

 最後に、ここまでの閲覧ありがとうございました。

 今後も不定期で色々書いていきたいと思いますので、気長にお待ちください。

とある元D1ドライバーについて

 こんばんは。空です。

 実は最近、過去のD1を見直すのにハマってます。風間さんのm.o.v.eカラーのS15やTOYOカラーの180SXやワンビアとか懐かしいですね・・・。

 さてこの頃のD1マシンの中で、特に気になったのがこの車。

引用元:www.app-top.jp

 当時、現地へ観戦に行ったことがない限り、見覚えがないと思われる、このS14シルビア。製作したのは関西のドリ車系ショップだった「R・Y・O JAPAN」。このショップがチームとして、2008年のD1のラスト二戦から投入したのがこの車で、少なくとも2011年ごろまで使われていたそうです。

 そのドライバーが今回の本題です。そうです、ここまではあくまでもプロローグです。

 

引用元:D1グランプリ 公式HP

 三木竜二

 出身地は鳥取県D1グランプリへは2001年より参戦。当時はプライベーターとして参戦していましたが、翌年よりTOPSECRETのシートを得て、同時に就職のため上京。

 2004年シーズンにシリーズチャンピオンに輝くも、翌2005シーズンを最後にTOPSECRETを離脱。

 それ以降はスポット参戦を繰り返し、2016年R-Magicからフル参戦したのを最後に、競技から引退されました。

 

 ここで注目されるのは、やはり、2005年のTOPSECRETの離脱でしょう。当時のD1関係者のブログを見ると三木選手のTOPSECRETへの素行不良が、D1運営元の怒りを買い「追放された」というのが書かれており、それが通説となっていました。

 かく言う私も、今回のブログのネタを探るまで、てっきりそうだと思っていました。

 しかしここで先のS14シルビアが出てきたことで、事態が変わります。

awataiya.blog93.fc2.com

 三木選手と同じ元D1ドライバー、藤中学さんのブログにて三木選手のS14のリアの写真がアップされていましたが、よく見ると「TOPSECRET」のロゴ(しかも新ロゴ)が・・・。

 もしも、本当に素行不良があったとしたら、元従業員のよしみであったとしても、スポンサーとして出資するとは考えにくく、恐らくその説は誤りで、別の事情があったのでは・・・?

 そう思い、色々と調べてみると、「三木選手には2007年からのアペックスとの契約が結ばれており、それに伴ってTOPSECRETを退職した。」という情報を掴みました。

 

 ということでもう一度調べなおしたところ、この車両を見つけました。

引用元:Flickr

  アペックスのアメリカ法人が2007年のフォーミュラドリフトに投入したこのマシン。

 詳細についての情報は掴めなかったものの、恐らくD1で使用していた車両を左ハンドルに改修したものと思われます。

 他にも、シンガポールのドリフトイベントに参戦した際のS15シルビアや80スープラなども見つけることができました。

 ちなみに、三木選手とアペックスの関係は2011年まで続いたようで、関係が終了したタイミングで三木選手も帰国し、再びD1へ活動の場を戻すことになったのだと思われます。

 

 しかし、最も重要なポイントが抜けています。結局のところ三木選手がTOPSECRETを離脱し、一年の空白を経て海外へ活動の場を移したのか?

 

 ここまでの流れから推測するに、私は「単なるチーム移籍」だったと考えます。

 三木選手が抜けた後のTOPSECRET(名義はスポンサーであったORC)のシートには、アペックスに在籍していた今村陽一選手が収まりました。

引用元:livedoorブログ

 ではアペックスは?というと、こちらは2005年を最後にD1を撤退していました。また同じころにSuperGTaprチームへのスポンサー提供も終了しています。

引用元:goo

 というのも、ちょうどこの頃、アペックスは社名を「アペクセラ」へ改名し自動車用のチューニング部品の販売のみならず、ディーゼル車向けの環境対策部品の開発や家庭向け防災システムの開発など、多角化を推進し始めました。

 しかし、これが原因でアペクセラは経営不振となり、2007年1月に会社更生法を適用し倒産。チューニングパーツ部門などいくつかの部門は他社へ売却されて生き残ったものの、法人としてはそのまま清算されました。

 

 なので、一年間の空白が開いてしまったのは、元はアペクセラからD1参戦する予定だったけど、肝心のアペクセラが経営不安になってモータースポーツ活動が出来なくなり、D1参戦は頓挫。結果的に資本的に繋がりがあったアメリカ法人からの参戦になった。と私は推測します。

 もしも、この時アペクセラの財務状態が健全なままで、モータースポーツ活動も続けていたら、もしかしたら日本国内でアペクセラのFD(もしくは違うマシン?)を走らせる三木選手が、見られたのかもしれません。

 もしくは何事もなくZ33を走らせていた可能性もあります。

 

 とはいえ、私の仮説の様に円満な流れだった場合、あのような書かれた方をするとも到底思えないので、TOPSECRET離脱の際に何かがあったのは確かです。

 しかし当時は今の様にSNSが発達していたわけではなかった時代。今回のブログについても、様々な人のブログや海外のサイトを参考に書きましたが、真相は結局のところ不明のままとなってしまい、モヤッとした終わりになりました。(ちなみに三木選手の扱いについて、D1運営元からTOPSECRETへ圧力が加わったという情報もありました。)

 何かしらのタイミングで、事の真相がわかることを祈りつつ今回は以上とします。 

 閲覧ありがとうございました。

 

 

 <余談>

 今回、三木選手の海外時代のマシンを調べていたところこんな車両を見つけました。

 とにかくかっこいいので見て行ってください。なお成績は()

 

直近のモタスポ界隈について

 こんばんは、空です。

 

 ということで最近モタスポ界隈のおかげで、𝕏が賑やかになっているとのことなので、思うことを長々と綴っていこうかと思います。

 

 最近では2019年、ホンダのF1復帰後初優勝を前後に徐々に増え始めた、モタスポ界隈の人数。特にそれが顕著になったのは2021年の角田裕毅のF1参戦でしょう。

 今思えばこの頃から、様子がおかしくなってきたような気がします・・・。

 特に目立ったのが「応援しているドライバーやチームさえよければ、後はどうでもいい」っていう考え方の人です。

 どの界隈にもこういった考え方の人は一定数はいるでしょう。モタスポ界隈の場合、その考え方が、より過激に傾いていた人、いわゆる「信者」が多く、応援しているドライバーが、例えバッシングを受けるような行為しても「すごい!」と、とりあえず言いまくる、なんていう様子をよく見ました。

 逆に応援しているドライバーを攻撃するような発言を目にすると、アナフィラキシーショックを起こしたように怒り狂う。という光景も見ました。

 他の界隈の人に言ったら「ウソだろ?」と笑われるかもしれませんが、実際に去年、あるチームの監督がある日本人ドライバーを「津波のようだ。」と発言したことで、そのチームや監督本人に謝罪を要求するだけに飽き足らず、なぜかは理解できませんが、謝罪を要求するツイートへ、3.11直後に日本へ向けた贈られた応援ビデオを、添付してくる輩まで現れ、とにかくカオスな様相を呈していました。

 本当、この流れは今見ても理解できないです。

 

 今回の騒動はそういった人が増えてきた故の弊害でしょう。

 「にわか層を増やし、今後の文化の発展につなげる必要がある」という考え方と、最近流行りの「『推し』を作って生活をより良くしましょう!」みたいな風潮が、見事に化学反応してしまったわけです。

 あーもう、滅茶苦茶だよ。

 

 はっきりと本音を言うと「浅いなぁ…。」というところです。

 別に楽しみ方なんて、個々人の自由なので、私たちがあーだこーだ言っても無意味ですが、どうしてそんなに視野の狭くなる見方をするのでしょうね。

 

 ここからは、そんな最近モータースポーツを見始めた方に関する個人的な印象ですが、見るところをもう少し工夫すると、より一層面白く感じられるはずです。

 例えばドライバーに注目するなら、その成績や見た目に注目するだけではなく、ドライビングの違い、例えばハンドルの切り方やシフトチェンジの仕方など、より細かな違いを楽しむのもどうでしょうか?

 

 また人間に注目するだけでなく、マシンにも目を配るのもどうでしょうか?

 よく、空力について取り上げる人もいますが、個人的にはそれよりも奥の部分、サスペンションやエンジンに注目すると、エンジニアの考え方やアイデアを見ることができ、あれだけの性能をどうやって引き出しているのかを理解するきっかけに、繋げられるかもしれません。ただ、こういったジャンルを理解するには、それなりの理系脳や自動車などに関する知識などが必要になってくるのですが…😇

 

 ともかく折角ハマったコンテンツなのだから、一つの事柄に注目するのもいいですが、せっかくなら色んな所へ目を向け、また違った視点で眺めて楽しんでください。

 ただし、人様の迷惑にならないように。